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★瑠韻の書架〜Ruin's Bookcase〜★(2003年8月)

 このページには、暇を見つけて読書メモを綴っていく予定です。
 紙媒体の「本」だけでなく、ネット上のテキストも含める方向で。

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 [2003/08/24] プチ・シンクロニティ

 『七回死んだ男』(西澤保彦、講談社文庫)

 下世話かつ個人的な話で恐縮だけれど……今朝は久々に二日酔いで死にそうな思いをした。
 ここ数日の猛暑で夏バテ気味だったにも関わらず、熱帯夜で眠れないままに発泡酒や氷結果汁をガブガブ飲んで(困ったことに、こういう時に限ってなぜか酒量が増えてしまう)、おまけに鮮度の落ちたサンマの刺身を食べた……という4重コンボが見事に決まってしまったらしい。
 明けた今朝は猛烈な吐き気で目が覚めた。慌ててトイレに駆け込むと、サンマの刺身が原型はそのまま・真っ黒に変色して逆流。
 とりあえず口をゆすいで水を飲んだけれど(ボルヴィックが砂糖水のように甘く感じられたので心底驚いた)、すぐにそれも戻してしまう。&微量の血も。水すら受け付けないのか……。
 とどめに少し時間を置いて、真っ黄色のペンキみたいな胃液が。人間の体って、こんなに綺麗な色の液体を隠し持ってたのか……と、場違いにも感心してしまった。

 そんなわけで休日は見事に丸潰れて、横になったまま『七回死んだ男』を読んでいた。

 ……なんか妙に主人公の心境が理解できたような気がする……。(苦笑)

 『七回死んだ男』は西澤氏お得意の、SF的ガジェットを土台に構成された本格ミステリ。同じ一日を9回繰り返してしまうという「反復落とし穴」の特異体質を持つ主人公が、祖父の死を止めるために悪戦苦闘する……というストーリー。
 以前に読んだ『人格転移の殺人』と同様、まず最初に常識外れのSF的設定に関する「ルール」を充分説明し、それを活かしつつもアイデア倒れに終わることなく、設定の妙味と謎解きの面白さを見事に融合させたストーリーを語りあげている。
 ゲームさながらに特定の日付を何度も「リセットして再プレイ」できるという体質が、決して便利なものではなく気苦労が絶えない……というニュアンスで描写しているのも面白いし、何度も何度も手を変え品を変え繰り広げられる「事件」の中で、親戚たちの意外な一面や隠された人間模様が多角的に浮き彫りにされていく構成は見事。

 オチの付け方も秀逸。ちなみに自分は序盤の伏線から「”彼女も同じ体質”なのでは?」と勘繰っていたのだけれど……結果は言わぬが花。こういうミスディレクションを独りでに生み出してしまう辺りも面白いなぁ、と。

「……で、結局どうして二日酔いの話と『七回死んだ男』が繋がるの?」
と疑問な方は、ぜひ本書を読んでみてください。
 たぶん、彼があんなにも必死に、あれほど面倒で回りくどい「解決策」を求めつづけたか、その理由を少しだけ分かち合えたような気がするので。(笑)


 [2003/08/10] すんません電撃hpはチェキしてないんです

 『ビートのディシプリン SIDE2』(上遠野浩平、電撃文庫)

 ……というわけで、文庫化されるまでノータッチでした。

 率直な感想(これくらいは書いてもネタバレになるまい):続くのかよ!!

 てっきり前後編の2巻構成でケリがつくものだと思ってました。まぁ結果的には嬉しい誤算だったけど。

 主人公は統和機構の合成人間、ピート・ビート君。ffにハメられて”カーメン”なる謎の概念を追ううちに、身内のはずの統和機構から裏切り者の烙印を押されて追われる身となり、挙句の果てには自分をけしかけた張本人のffにも襲われるはで、踏まれたり蹴られたりの波乱万丈な日々。
 敵また敵の連続だったSIDE1とは一変して、SIDE2では胡散臭い相棒?の「人間戦闘兵器」ジィドを得たビート君と、またもや現れた刺客「バーゲン・ワーゲン」との死闘が、1冊通じて描かれます。

 その合間を縫って綴られるのは……ビートの過去。「師」であり「叔父貴」でもあったモ・マーダーと、彼ら2人に一時の安らぎを与えてくれた少女「ミンサー」との、ほろ苦くもささやかな幸福の記憶。実質的には、この”追憶編”が今回のメインですね。
 今回一番の名シーンは、海沿いの別荘で3人が食事しながら談笑する場面。ガラス細工のように脆くて危うくて、その分だけ貴く美しい、ほんのひとときの幸せ……。読んでいて、すごく切なくなりましたヨ。

 ところで今回はメインキャラが(脇役扱いではあるもののの)大量出演しているうえ、ビート君も「主役」的な風格を帯びてきて(やや少年漫画の優等生主人公的な匂いはするけど)、シリーズ全体の中でもかなり重要な話になりそうな気配。
 というか個人的には『ディシプリン』の方が本流っぽく見えはじめてきて仕方ないんですけど、メインシリーズの方も『ジンクス・ショップ』で動きがあったし、いずれ合流することになるのかなぁ?と。

 ……ともあれ、続刊にも期待大です。今回は緒方師の挿絵もなかなか良いし(「炎上」返上?)、ピンチの連続だけどダウン系じゃないからオススメですよ♪

☆>しずくちゃん(8月10日のしずくチェ〜っク)

 コメントありがとうございます。
 自分的には、小説を含めた文章は「我が身に照らして考えさせられるようなテーマを内包しているかどうか」で二分されます。フィクション、ノンフィクションを問わず。そのせいか、「毒にも薬にもならない世間話」って奴が苦手だったりするんですよ。(苦笑)

>そのモノを純粋に楽しめばいいと思うんですよ、比較とかじゃなくて
>なんか○○に比べてとかって多いです
>そのモノ自体が自分でどれくらい楽しめたかって感じで見て欲しいと
>しずくは思ったりします

 ……身に沁みました。これは受け手に限らず送り手の側にも言えることですね。


 [2003/08/09]メメントモリッ♪

 『しずるさんと偏屈な死者たち』(上遠野浩平、富士見ミステリー文庫)

 ……のっけから人様の挨拶をパクってしまいましたが、そんなテーマの本を1冊。
 だいぶ前に読了したものの、今でも漠然と心の一隅に残りつづけている小説です。

「難病を患って人里離れた病院で療養生活を送る少女・しずるさんと、その親友・よーちゃんが織り成す、ちょっと百合の匂いがする萌えミステリ。山奥で見つかった”唐傘小僧のような”変死体、密室状況のマンションの一室で”宇宙人に心臓をえぐり取られたような”変死体など、オカルティックな事件の数々を、”安楽椅子探偵”役のしずるさんが、よーちゃんが持ち込んだ断片的な情報から鮮やかに推理していく……」

 本作を乱暴に要約すると、こんな感じ↑。
 オカルトめいた事件に理屈だった説明をつけていく、という点では、京極堂シリーズにも少し似てますね。
 書評系のサイトやスレを覗いてみると、「萌えるけどミステリとしてはいまいち」「推理が強引」という感想が多いみたいです。

 ……”ジャンル”という概念は、かように読み手を強く束縛するものかなぁ?と。

 西尾維新の戯言遣いシリーズが「ミステリかラノベか」と議論された例もあるけど、『しずるさん』の場合は「富士見”ミステリー”文庫」というレーベルから出版されていることや、なまじ「安楽椅子探偵物」というアーキタイプに則って体裁が整いすぎていることから、余計そう見られがちなのかなぁ? と思います。

 『しずるさん』という作品にとって、「ミステリ」というジャンルは形式的なものにすぎず、その実は上遠野氏お得意の「”死”を鏡として映し出された生命賛歌」ではないでしょうか?
 ……というのが、個人的な感想なんですけど。

 ブギーポップ・シリーズのイマジネーターや『ハートレス・レッド』に登場したスタンドMPLS能力「フェイルセイフ」が顕著な例であるように、上遠野氏の作品世界では、「生」と「死」が表裏一体の存在として描かれています。
 しずるさんが怪死事件の真相を解き明かしていく秘訣は、その賢さだけでは説明できません。彼女自身、「(情報が足りない部分は)空想で補うから」と明言していることが鍵になっています。
 しずるさんは常に死と隣り合わせで暮らし、死について考えつづけているからこそ、実際に見たわけでもない「現場」の光景を頭の中で克明に思い描くことができる。
 ご都合でも論理の飛躍でもなく、ただそれだけのことだからこそ、彼女は凄いと思うんです。

 そういった意味で、やはり象徴的であり圧巻なのは、第1章(しずるさんと唐傘小僧)の解決場面。
 まるで死者の魂が乗り移ったかのように「その場面」を再現してみせるしずるさんの姿には、身震いを禁じえませんでした。

 ……これだけなら、割かし救いのない猟奇モノで終わっちゃうんだけれど。
 いわば死者の世界の代弁者である「しずるさん」と、読者を含めた生者の世界の代表である「よーちゃん」の交流が、本作の最も重要なファクターだと思います。
 よーちゃんがしずるさんを通じて「死の世界」を垣間見る一方、しずるさんはよーちゃんという掛け替えのない親友から「生」を実感し、肯定しています。

 この2人こそが、擬人化された「生」と「死」の理想的な関係である……なんて言うのは、穿ちすぎでしょうか?


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